桜だけじゃない!石垣が美しい津山城へ行こう
こんにちは、ゆうです。岡山県の津山城について紹介します。
津山市について
津山市は岡山県の北部にある市で、岡山県では、岡山、倉敷に次ぐ第三の都市です。美作地方最大の都市で、経済面、人口共に県北の中心となっている場所です。北部を中国山地、東部を美作台地、南部を吉備高原に囲まれている山間の町で、盆地となっています。歴史も古く、美作国の中心地として栄えてきました。美作国府や一宮も津山市内にありました。江戸時代には出雲街道が通り、津山城を中心とし、城下町が形成されました。
桜の時期には津山城は「さくら名所100選」に選ばれており、いつも賑わっているそうです。夜間ライトアップなども行っているため、ぜひ今度は桜の時期に足を運びたいです。
ご当地グルメとしてはB-1グランプリで入賞をはたした、「津山ホルモンうどん」が有名です。
津山城を散策
JR津山駅から北へ向かい、吉井川を渡ると、津山の中心地が見えてきます。商店街をそのまままっすぐ行くと、右手に津山城址が見えはじめます。津山城は「日本100名城」に選ばれています。
ちなみに入場料は300円です。
津山城の歴史
津山城は室町時代に山名忠政によって作られた「鶴山城」が元になっています。
応仁の乱後、山名氏が力を失ってからは廃城となっていました。その鶴山城を津山藩初代藩主である森忠政が13年の歳月をかけ、改修し現在の津山城の基礎を作り上げました。
津山を治めることとなった森家は元禄の時代に断絶し、そののちは徳川家の親藩である松平家が入ることとなります。
森忠政
入口のところに森忠政の像があります。
森忠政は戦国時代の武将で、織田信長に仕え、本能寺の変で信長とともに最期を迎えた、森蘭丸の弟にあたります。森忠政は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑に仕えた人物で、父親は槍の名手と言われた森可成です。可成の六男として生まれた忠政でしたが、森家を継いでいます。
それは長男の可隆は「姉川の戦い」で討死。父可成は「浅井・朝倉連合軍との戦い」で討死。三男の蘭丸、四男の坊丸、五男の力丸は「本能寺の変」で討死しました。そして家督を継いだ、次男の長可も「小牧長久手の戦い」で討死してしまいました。
ゆえに六男で唯一生き残った忠政が家督を継ぐことになったのです。
津山城の特徴
城の形態は梯郭式の平山城です。50メートル程度の高さの鶴山に作られています。
天守の形態は5重5階の地下1階で、独立式の層塔型だったそうです。周囲の河川や断崖を天然の要害として利用し、高石垣の技術を用いて、まるで雛壇のように重なる石垣で固めた作りになっています。
城全体を高石垣で囲んだ津山城では、要所に門や櫓を配置して防御力を高めています。美作一国は19万石であるのに対して、もったいないくらい強固に作られています。
城下町では付近を流れる吉井川を天然の堀と見立て、東西に長く作られていました。
本丸の跡には当時建物のあったかたちに芝桜が植えられています。
現在も発掘調査が続けられているので、今後なにか新しい発見があるかもしれないですね。
石垣
津山城は本当に石垣が美しかったです。石垣フェチの僕としては堪らないです。
山全体を石垣で覆ってあり、そこから草木が見える姿はまさにタイプです。土井晩翠の作詞した「荒城の月」のモデルは大分県の岡城と言われていますが、「昔の光 今いずこ」のフレーズは何となくこのお城にも通ずるものがあるなと、感じることができました。
備中櫓
津山城で唯一再建された建物は備中櫓という櫓になります。
ボランティアのおじさんが津山城のことを詳しく教えてくれました。森忠政の長女が鳥取城主の池田備中守長幸(ながよし)に嫁ぎ、彼の名前からこの名がついたそうです。こちらの建物は内部を見学することができます。
内部は御殿建築であり、繊細で女性が好むような造りになっていることに加え、局(つぼね)が近くにあったことから城主や城主にかかわる女性たちの生活空間であったのではないかと言われているらしいです。
2002年に築城400周年を記念して再建されたそうです。2005年に完成しました。
天守
津山城に再建された建物がありますが、これは備中櫓と呼ばれるもので、天守ではありません。津山城の天守は北九州の小倉城をモデルに作られたと言われています。
津山城の天守は現在ありませんが、昭和期に復元されていたらしいです。その模擬天守は、第二次世界大戦の空襲の標的にされやすいという判断から、壊されてしまったそうです。津山城は当時では珍しい、破風のない独特の五重天守で作られ、武装されていました。
現在残されている石垣から、大きな天守が想像できます。整備もしっかりされているので、想像しながらのんびり歩いていると、意外と時間が過ぎるのが早かったです。
こちらが天守跡からの眺めです。城下町全体が見渡せますね。
まとめ
山間の地「津山」いかがでしょうか。今回訪れたのは桜の時期ではありませんでしたが、桜の時期に行くと、しっかりと根を張り、今を華麗に咲き誇る桜の美しい姿と、草木に侵食され、時間においていかれたような石垣のコントラストが見られることでしょうね。
津山城で出会ったおじさんの話だと、最近津山は観光客が減ってきているとか。ブログを描いていることを伝えたら、「ぜひ故郷である津山のことを紹介して欲しい」と言われました。書いている僕としては本当にうれしかったし、伝えるということに対する使命感的なものも芽生えました。
確かに新幹線が通っているわけでもなく、交通の便は良いとは言えませんが、故郷を愛する、素敵な人達と出会うことができました。このような出会いは一人旅の醍醐味であり、今後も大切にしていきたいですね。